HEAVENS BREAK  作:雨月千夜

第89話「不通」

 ぶー、と霧坂は頬を膨らませている。
 というのも村雨には内緒で彼女の服にコッソリつけておいた小型の盗聴器から音声が全く流れてこなくなったからだ。
 帰る前に連絡するように、と言っておいたにも関わらず携帯電話からはメールの受信音も鳴らない。
 時刻は既に夜の七時を回っていた。良い子は帰ってる時間ですよ、と言わんばかりに霧坂ママは机を指でとんとんと高速で叩きつつ不機嫌オーラをあたりに撒き散らしていた。
 その現在絶賛ご機嫌斜めの霧坂ママに紅林は疲れたように、
「なーにしてんですか。大丈夫ですよ。村雨さんも子どもじゃないんですし、連絡し忘れた程度でしょ。盗聴器だって途中で気付いて引っぺがしたかも知れませんし」
 そう言われても霧坂の機嫌は治らない。
 連絡の件はまだしも盗聴器の件は、なにやら名前も知らないような男と会話をしていたからだ。村雨は行くときに着ていた服と帰るときに着ていた服を別々にしていたため会話の節々が聞き取れなかったが、水に呑まれる様な音は聞き取れた。それを不審に思っていたのだ。
「やっぱ私も行けば良かったかも……。こういうときに保護者って苦悩するのよねー。まったく、コレだから高校生の子どもはー」
 貴女も高校生でしょー、と紅林の冷静なツッコミが返ってくる。
 一方で夜も遅いので紅林兄妹は夕飯は出前でも取ろうという話になり、寿司とピザのチラシを交互に見ている。
 霧坂はその光景を視界の端で捉えながら、ピザがいいー、と間延びした声で呟く。
 結局のところ、心配していた霧坂も空腹の魔力には打ち勝てなかったようだ。

 灰月臨は遠くの方で突然現れた水柱を見て固まっていた。
 村雨か菊池か、どちらかのSOSサインだろうか、それとも竜崎のラッキースケベでの報復だろうか。どちらにしても良い手がかりにはなった。
 灰月はそちらに歩き始め、それと同時に後ろの人物へと声をかける。
「遅いぞ」
「だったら灰月君が背負えばいいじゃない!」
 後ろには気絶している(寝ているようにも見える)黄山を夕那が背負っていた。
 夕那と黄山とともに同じ場所に漂着してしまった灰月は一向に起きなさそうな黄山をどっちが背負うかじゃんけんで決めていたのだが、現在夕那の十二連敗中だ。
 だんだん夕那の体力もピークに近いのだが、女心と女の体力を全く理解していない灰月は気付くどころか気にも留めていない。
 恭弥だったらすぐ変わってくれるだろうな、と灰月に対する不満を募らせる夕那。
 灰月も彼女が自分を見失わないように一定の間隔で止まって彼女を待っているのだが、そんな優しさなど夕那の疲労の前ではかき消されてしまっている。
 なんだかんだで、ちっとも互いを近いできていない最悪のペアだった。
「ねぇ、さっきの水柱。村雨さんかヒナちゃんか…どっちだと思う?」
 灰月は夕那の言葉に僅かに黙る。
「どちらともい言える。村雨も菊池も相当の使い手だし、村雨は神の力、菊池はそれと同等。どちらにしてもあんな水柱ぐらい簡単に出せるだろ」
 そっか、と夕那は短く返す。
「問題はそっちじゃねぇ。襲ってきたツギハギ白衣だ。村雨と菊池を狙ってると言ってやがったな。どういうことだ?あんな女の何処が良いって言うんだ」
「ごめん。灰月君だけどーでもいいとこをピックアップしてない?」

「なあ、機嫌直せよ村雨」
 竜崎は目の前でツン発動中の村雨に謝っていた。
 まずは謝れ、と言われたので言われた通りにしているのだが、相手は一向に離そうとしてくれない。それどころか、目すらも合わせてくれない。
 なんでもかんでも反応してくれる青葉も鬱陶しいが、こうも一方的にスルーされてはこっちのハートがもたない。
 竜崎は気を休めるとともに、誰かに連絡を取ろうと携帯電話を取り出そうとしたが、ポケットを探っている途中で動作が止まる。
 どこにもない。
 恐らく波に呑まれたときに流されたらしい。流石の村雨でも携帯電話をキャッチするほどの余裕は無かったようだ。彼女も同様にポケットを探っているが、自分のもないようだ。
「参ったな……。村雨のもないのか?お前のがあったら、霧坂さんに連絡とって救出ってことも出来ると思ってたんだけど…」
「……いや、その線は薄い」
 村雨が口を開く。
「知っているでしょ?『鉤崎』はあくまでも連絡や情報専門。こちらの救出に人員を割くとは思えない。救助を望むのなら灰月の方がまだ望めるわ」
 そっか、と竜崎は小さく返す。
「それに、たとえこの島から出たとしても相手は必ず何処までも追って来る。こんなところから逃げられた程度で諦めるようには思えない」
 確かに相手は執着深そうだった、というよりもずっと待っていたような感じだった。
 村雨や菊池を、というより二人のように水の能力を持つ能力者を。
 いつもなら竜崎はこの島にいるかもしれない相手を探すが、水に呑まれたために『天への獄炎(ヘヴンズフレイム)』もちょっとの火しか灯せないほど弱っている。
 やはり水は苦手なようだ。
 竜崎はこの先どうするかを考える。
 まずは散り散りになった皆を探すことだろう。それから灰月に頼んで『組織』の救助を待つ。『ポセイドン』の相手はとりあえずは後回しということになる。
 恐らく、狙われている村雨もそう思っているだろう。ここで戦うのは得策ではないと。
「伏せろ!」
 途端に、村雨は何かに気付いた村雨は竜崎に覆いかぶさるように抱きついてきた。
 女子に抱きつかれただけでも竜崎としては大事件なのだが、必死に頭を回転させる。
 村雨が向けている視線と同じく茂みの影を見る。
 そこにいたのは、いくつかの人影。そして会話の所々に入っている『村雨氷雨』と『菊池緋奈』という聞き慣れた人物の名前。
 そう、『ポセイドン』もこの島に上陸していることを伝えていた。


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