Fear〜中盤〜(8) 作:癸 洲亜
気がつくと綸は部屋のベットの上にいた。綸の視界に、自分の部屋の天井が入る。綸は体を起こし、あたりを見渡す。綸がいる場所はまぎれもなく自分の部屋である。
「ここは私の部屋? なんでここに……私はリビングにいたはず」
綸は夜に仄暗いリビングであの少女に会ったことを、あの少女に左手首を掴まれたことを覚えていた。何故、自分が部屋にいるのか分からない。綸は枕元に置いてある目覚まし時計を見る。時計は6時半を示している。いつの間にか朝を迎えていた。
急にあの絵のことが気になった綸は、リビングへ向かった。階段を下りリビングの扉を開けようとしたとき、玄関の扉が開く音がした。綸が振り返ると、玄関に疲れた顔をした春が立っていた。
「お母さん、お帰り……」
「あ、綸、ただいま」
綸が声をかけると、春は綸に笑顔を向けそう言った。
「ごめんねー、昨日は帰れなくて。仕事がなかなか片付かなくて」
「ああ、うん。お父さんは?」
「まだ帰ってないなら、仕事が終わってないんじゃないの?」
「そっか」
「綸は今起きたの?」
「うん。今リビングに行こうとしてた」
「そう。じゃあ一緒にご飯食べましょうよ。その間にお父さんは来ると思うし……あら?」
他愛もない会話を交わしていると、家にあがった春が何かに気付いた。
「どうしたの?」
「綸、それどうしたの?」
春はそう言い、綸の左手首を指差した。そこを見ると、痣があった。
「どこかにぶつけたの? 何があったか知らないけど、気をつけなさいね」
綸の痣を見て春は、そう言ってリビングへ行った。
綸は左手首をまじまじと見つめた。ただの痣ではない。子供の手のような形をしている。だが、綸には痣ができるほど手首を強く掴まれた覚えは無い。綸が撫でるように痣に触れたとき、後ろでカタッと何かが動く音がした。
「!?」
音を聞き綸は振り返る。だがそこには、普段から見ているリビングの景色しかなかった。何も変わりのないその景色を突っ立ったまま眺めていると、綸はあることに気付いた。
(あの絵が、無い……?)
綸が見ている景色の中に、あの野原の中でブランコに乗っている少女が描かれた絵が無くなっている。今まで掛けられていた場所に、それは無かった。
「なんで……」
綸は今までそれが掛けられていた壁に駆け寄る。何かを探すように、綸は壁を触る。すると、キッチンにいた春がリビングに来た。
「あら、何をしているの?」
「絵が……ここに掛けてた絵が無いんだよ」
不思議そうに訊いてくる春に、綸はそう答える。その綸の言葉に、春は言った。
「そんな所に絵なんて無いでしょう?」
綸は耳を疑った。
「え……お母さん、今なんて言った……?」
「だから、そんな所に絵なんて無いでしょう? って言ったのよ」
目を見開いている綸に、春は首を傾げながら言う。綸には春の言葉が信じられなかった。今まで毎日見てきたあの絵のことを、まるでそんなものは知らないといったような口調で言う春のことが。
「あったよ……ここに掛けられてたでしょ?」
「絵なんて無いわよ。そんな物、この家に一つも無いじゃない。綸、どうしたの? 急にそんな変なこと言って」
朝食の準備をしながら、春は言う。春が嘘をついているとは、考えられない。そんな必要など春には無いのだから。
「ただいまー」
「あ、お帰りなさい、お父さん」
綸が呆然としながら立っていると、帰宅した康がリビングへ入ってきた。春は笑顔で康に言う。そして、康に訊く。
「ねえ、お父さん。あそこの壁に絵なんて無いわよね?」
春は、綸が立っている場所の壁を指差した。
「絵? そんな物、無いだろ」
「やっぱりそうよねえ」
まるで、二人の記憶からあの絵についての記憶が消えたかのような会話だ。両親が交わしている言葉をまったく信じられない綸は、ただただ呆然と二人を見ながら立っている。
そんな綸の頭の中で、真夜中の仄暗いリビングで聞いた、あの少女の声が響く。
『いっしょにあそぼ、おねえちゃん』
了
コメント
3点 雨月千夜 2011/08/13 02:22
終わり方がすごい怖い……
夜眠れなくなったらどうしよう…
だいじょうぶだ。うちには絵なんてないはずだから…
3点 慎 2011/08/13 13:50
↑俺、部屋にばりばり絵あんだがorz
取るか、うん
癸 洲亜 2011/08/13 17:19
コメント、点数ありがとうございます
千夜さん>怖かったですか? なんか終わり方変かなーって思ってたんですけども;
慎>絵あるんですか!? それは申し訳ないことを……いや、取らなくてもいいでしょ;
3点 このは 2011/08/27 21:54
いつからか名前変わりましたw元沖田です(´∀`*)
絵なんてどこにもないうちは勝ち組ww