HEAVENS BREAK 作:雨月千夜
第86話「二人の神の力」
「………あっづぅー………」
ここは『鉤崎』第18支部。
霧坂百合が勤務している『鉤崎』の拠点の一つで彼女以外には紅林守流、凍流兄妹がいる。
現在霧坂百合は机に顎を乗せてクーラーが効き、扇風機が回っている室内にいるにも関わらず、疲れきった言葉を漏らす。クーラーが効いてるとは言え、設定温度は29度。大して涼しくないのが正直な感想だ。
「……やる気を一気に削るような発現は控えてください。僕らにも影響しますから」
霧坂の言葉に呆れたように抗議したのが紅林守流だ。
だってぇー、と霧坂はぐったりしたまま口を尖らせて言い返す。
「そんなに愚痴るなら村雨さん達と海へ行ったら良かったじゃないですか」
「浜辺暑いもん」
ああダメだなこの人、と紅林は思う。
多分この人は、遊園地に行って人気のアトラクションに乗ろうとしたときも『待ち時間が長い』とか言って心の底から行った先々で楽しめない人だ。夏の風物詩の海を『浜辺が暑い』という理由で行かない人は初めて見た、と紅林は溜息をつく。
「それに、今回のイベントは氷雨を皆に馴染ませるためなのよ?私が行ったら意味ないじゃない」
その意見には紅林も頷くところがある。
霧坂と村雨はこう見えても結構霧坂とは話すほうだ。それでも竜崎なら村雨にも平気で声をかけそうな気がするが、村雨にしたら顔面を殴った男と平然と話せるような気がしないと思う。
「大丈夫なんでしょうかね」
「だいじょーぶでしょー」
紅林の言葉に霧坂は間延びした声で答える。
「竜崎君がいれば、大丈夫だよー」
「……あちー……」
竜崎はパラソルの影にいながらそう呟いた。
恐らく竜崎も霧坂と同じタイプだろう。きっとこの場に霧坂と紅林がいれば、ダメダメコンビだな、と紅林の的確なツッコミが霧坂百合のオマケつきで飛ばされていたことだろう。
「なーにいきなりぐったりしてんのよ。折角の海なんだし、楽しまないと意味ないでしょ」
そう言ったのは夕那だ。
流石に全員水着に着替えている。夕那の水着は白地にオレンジの水玉模様が入ったビキニタイプの水着で髪は鬱陶しいのかポニーテールにしている。
「楽しむもなにも、浜辺暑いしよ。適当な時に俺も楽しむから先行ってろって」
せっかく水着姿を見せたのに大した反応が帰ってこないのにむすっとしながらも菊池と青葉のいるほうへと夕那は駆けて行く。
別のパラソルでは灰月が座っていた。
そこへ緑の髪を下ろし、スタイルの良さを際立たせたビキニを着た緑川が、
「どうしたんですか?泳がないのですか?」
と灰月に問いかける。
灰月は苛立ったような口調で、
「るせぇ。気分じゃねーんだよ」
「あらあら。泳げない理由としては安直過ぎますね」
あ?と灰月は完全に不愉快な声で聞き返す。
緑川は構わず続けて、
「泳がないのではなく、泳げないのでは?」
上等だ、と灰月の闘争心に火がついた。
「だったら向こうまで競争といこうじゃねぇか!泳法はバタフライだ!」
「バタフライ!?よりにもよって私の得意な泳ぎで行きますか!」
竜崎はすげーなバタフライ泳げるのか、的な感想を胸に抱きつつぎゃあぎゃあと騒ぐ灰月と緑川を眺めている。
一方で桃井と黄山は浅瀬の方で遊んでいるし、夕那と菊池と青葉は三人でビーチボールではしゃいでいる。唯一この空気に馴染めていない人物を発見する。
村雨氷雨だ。
竜崎は浜辺が暑いのを我慢しながら、別のパラソルにいる村雨へと近づく。
「泳がないのか?」
村雨が声に反応して竜崎のほうへと振り返る。
村雨はすぐに視線を外して、
「別にいいだろ。どうしようと私の勝手だ」
隅っこにまだ膨らませていない浮き輪があるため、入りたいという気持ちはあるらしい。
「そういやお前って水の神の力あるんだろ?だったら泳ぐのとかお手のモンじゃねーの?」
その質問に村雨は言いにくそうに、
「………いや、実は……」
口元を隠すようにして、僅かに顔を赤らめる。
「泳げないんだ。私……」
「だったら良かった」
その言葉に竜崎は笑みを浮かべて、
「実は俺も泳ぐの苦手でさー。この際だから、一緒に練習しようぜ。海なら塩もあるし浮きやすいだろ」
竜崎が立ち上がって村雨を促すが、
「……待って、まだ浮き輪膨らませてないし…」
「だったらすぐ膨らませてやるよ。貸してみろ」
村雨は竜崎に空気の抜けた浮き輪を渡して、竜崎が膨らませてくれるのを待つ。
そこで村雨は出かける前に霧坂にかけられた言葉を思い出す。
『竜崎君は誰とでも仲良くなれるから、まず仲良くなるなら彼からにした方がいいよ!』
その通りだ、と思った。
村雨自身も竜崎に離しかけようと思ったが、彼は常に誰かの中心にいて、とても離しかけられるような雰囲気じゃなかった。でも気がつけば彼から歩み寄ってくれる。村雨は心のどこかで竜崎は優しい奴だ、と思い始めていた。
彼女は竜崎の行動にかすかな笑みを浮かべて、
「百合の言ってた通りだな、お前は」
「ん、何か言ったか?」
「何でもない。それより、早くしないと終わってしまうぞ」
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