HEAVENS BREAK 作:雨月千夜
第85話「海」
桃井桜は疲れたように息を吐いて自分の寮へと帰宅する。
時刻は夜の10時。実は生徒会の残っていた仕事を一掃しようと最後まで一人で仕事をしていたのだ。無理言って先生に遅くまで残らせてもらう許可を取ったが、流石に外も暗かったので、強制的に帰された。桃井の自宅から学校までは小一時間かかるため、学校を出たのは9時くらいだ。
桃井は部屋の電気が消えていることに気がつき、そーっと寝室を開け、覗いてみる。そこには黄山雷花と黒宮明日香が寄り添うように仲良く寝息を立てて、気持ち良さそうに寝ている。
その光景に表情を綻ばせ、僅かに残っていた仕事を片付けようと桃井はパソコンの電源をつける。データの読込みが終わり、パソコンが起動すると、
『ハッァ〜イ!桜お疲れ〜!』
と電気よく霧坂がパソコンの画面に映し出され、大きく元気な声を発する。
桃井は意表を突かれたのか、肩を大きくビクッと震わせ、人差し指を口に近づけ静かにしろと合図を送る。桃井と霧坂のパソコンには電話のような機能がついていて、相手の顔を見ながらリアルタイムで話が出来る。もっともこの機能がついたのは『鉤崎』のおかげで、桃井が久しぶりに霧坂と会った事がきっかけでつけてもらった機能である。
「空気読みなさいよ!今雷花と明日香寝てるの!起きたらどうするのよ!?」
自分も意外と大きな声で言ってしまうが、桃井自身は声の大きさに気付いていない。
霧坂はむふふー、と幼い笑みを浮かべながら、
『それよりさー、桜。最近疲れてない?そこで!百合ちゃんからのビックリサプライズ!!』
ビックリとサプライズって同じ意味よね、と桃井は小さくツッコミを入れる。
霧坂は人差し指を立てて、くるくると小さく円を描きながら、
『いやぁさ、氷雨のことや、七瀬姉妹の事件に、殲滅剣(ロストクライスト)の一件、そして『予言者』とのバトル……色々ありすぎて疲れが溜まってると思うのよね〜』
確かに、ここ最近物騒なことが多すぎる。
桃井と霧坂にしても村雨氷雨が起こした、『白き秘宝(スノーホワイト)』強奪から関わっているのだが、直接戦ってないとはいえ、七瀬姉妹の事件も知ってるし、実際に自分の後輩であり、生徒会の菊池緋奈は外国から殲滅剣(ロストクライスト)を持ち出した少女と戦ったらしいし、戦い、疲れることが多かった。
霧坂は楽しそうにしながら、
『だから、ここでその疲れを癒そうじゃない!たまに遊ぼうじゃない!ってことで、私が色々と考えてあげたってワケ!』
「癒すって……一体何をするのよ」
腕を組んだまま、桃井は霧坂に問いかける。
霧坂は相変わらず笑みを浮かべたまま、
『もーすぐ七月。ってことで、七月は夏!夏といえば、あそこに行くしかないじゃないの!』
何処よ、ともったいぶる霧坂に若干苛立ちを覚えながら、桃井は問いかける。
ふふ、と霧坂は笑って、
『海だよ!ゴートゥーシー!』
「……おっせぇなぁ……」
竜崎は駅の柱に背中を預け、しゃがみこみながらもたれ、小さく呟いた。
待ち合わせ場所となっているそこには竜崎と灰月がいる。土曜日なので二人とも私服なのだが、灰月にいたってはいつもと同じ格好である。炎の『神の力』を持つ竜崎も流石に天候と日差しはどうにも出来ない。現在二人は暑い夏の日差しを浴びながら駅にて待ち合わせをしている最中なのだが、待ち合わせ時間から三十分ほど経過している。
竜崎は手でパタパタと仰ぎながら暑そうなコートを羽織り、口に包帯を巻いている灰月に離しかける。
「……なぁ、あいつらいつ来るんだよ」
「知るか。女ってのはいっつも遅いだろ」
だよな、と竜崎は溜息をついて再びぐったりとする。
そこへ、ようやく彼らに歩み寄る少女達がやって来た。
「ごめーん、待ったー?」
言うまでもなく、待っていましたよ、と思う竜崎は立ち上がり、やってきた女子達にいきなり怒鳴り散らす。
「おっせぇよ、お前ら!一体何分待たせればいいんだ!」
仕方ないじゃない、と赤髪の少女、赤村夕那は反論するが、怒っている竜崎に一人の少女が近づく。
その少女はタオルで竜崎の汗を拭い、清涼飲料水を差し出す。
「すいません、夕那の馬鹿の支度が遅くて遅れてしまいました」
青い髪と瞳を持ち、頭頂部にぴょこんとアホ毛が立っている少女は青葉冷。
牽制した余裕からか、青葉はフッと殊勝の笑みを浮かべて夕那をチラッと見る。
言葉が詰まる夕那。そこへ、紫の髪をツインテールにした竜崎の幼馴染で生徒会に所属している菊池が耳打ちするように小さい声で、
「やられちゃったねー。抱きつきでもしたらいけるかもよ?」
「バ、こんなとこで出来るわけないよ!ってか今抱きついたら暑いでしょ?」
そーゆー問題?と菊池は首をかしげる。
火花が散っている少女達を見ながら桃井は溜息をついて、
「はいはい、そこまで。せっかく百合の計らいで海に行けるんだから、喧嘩しないの」
桃井の手は黄山と繋いでいる。どうやら一緒に住んでいる黒宮は来ていないようだ。
「いいじゃないですか、こういうのも。見てたら楽しいですし」
「貴女、案外怖いのね」
深緑のポニーテール美女、緑川風子の言葉に桃井はぞっとする。
竜崎は女子の群れの中に、むすっとしている女子がいるのを発見する。それは、紫の長い髪を持ち、こういう賑やかな光景に合わないような少女、村雨氷雨だ。
竜崎とは対称の水の『神の力』を持ち、竜崎に敗北したあとは、『鉤崎』に身を寄せている少女だ。
「……村雨も来たんだな」
竜崎の言葉に気付き、視線を向ける村雨。
彼女はこういう場にやはり不慣れなのか、緊張したように頬を僅かに赤くして、
「べ、別に来たくて来たわけじゃないのよ。その……百合が『仲良くなるために行って来い』って言うから……そう、仕方なくよ!」
素直じゃないなぁ、と竜崎が表情を困らせると、夕那が元気よく、
「んじゃあ、行きますか!海へ!」
女性一同は元気に『おー!』と返事をして、バトルタウンの外にある海へと向かう。
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