Fear〜中盤〜(6)  作:癸 洲亜

(なんでこんな夜中に起きたんだろう)
 そう疑問に思いながら、綸は再度寝ようと目を閉じた。が、しかし――
「うーん……」
 どんなに綸が寝ようと思っても意識を沈めようと目を閉じても、眠れない。それどころか、綸が寝たいと思えば思うほどその気持ちとは裏腹に目は覚め、朦朧としていた意識は浮上する。それに加え、今は夏。夜といえどもまだ冷めきっていない生温かい風が、綸を包みまとわりつく。綸の肌は自然に汗ばみ、それが不快感へと変わる。そんな状況が耐え切れなくなり、綸はのどが渇いていることもあって水を飲みにいくことにした。
 綸は部屋を出て階段を下り、暗い廊下を通りキッチンに向かった。キッチンのあるリビングでは、窓が開いているため夜風が入りカーテンをなびいている。漆黒の夜空に浮かぶ月がもたらす明かりが、リビングを微かに照らしている。綸はその様子を水を飲みながら見ていた。
「ふう、」
 水を飲み終え、綸はコップを元あった場所に戻した。そして、部屋に戻ろうとキッチンを出る。
 ふと、あの絵が綸の視界に入った。同時に、誰に引き止められたわけでもなく、自らの意思で止まったわけでもない。だが、不自然に無意識の内に綸の足が止まる。
 綸の目線の先にあるのは、あの絵。引っ越してきた当初は家族全員が気に入った、あの絵。今は漠然としているが綸が違和感を感じている、あの絵。綸はただただそれを見る。何か目的があるわけでもなく。夏の生温かい風が、結われていない綸の長い髪をなびかせる。綸は足を進めた。あの絵の方向へと。何も考えず思わず、その行動に綸の意思など含まれないまま、綸はあの絵の前まで来た。そこで、綸は我に返った。なぜ絵の前に立っているのか、綸自身分かっていない。
 気付いたら、絵の前まで来ていた。
 綸には、そういう感覚しかなかった。
「何やってるんだろう……」
 わけが分からないまま、綸はリビングの入り口の方向へと体の向きを変えた。
 その時だ。綸の足が、また止まった。今度は綸に意思によって、自発的に止まった。綸は絵に背を向けた瞬間、何かを感じた。それはまるで、誰かに見られている感覚。
 そう、綸が感じたのは視線。
 綸一人しかいないはずのこの場において、視線を感じるなど有り得ないこと。だが、綸は確かに視線を感じた。真後ろから、今もずっと。
 混乱と言いようのない恐怖が、綸を襲う。鼓動が速くなる。そんな状態のまま、綸は恐る恐る振り返る。

 そこにあるのは、日常生活の中で見てきた真っ白な壁とそこにいつも掛けられている絵だった。誰かいる、変わったことがあるなどということは一見して無い。何も無いにもかかわらず、りんはまだ視線を感じている。混乱も恐怖も消えていない。消えるどころか、先程よりも増している。それどころか、妙な圧迫感すら感じられる。冷静を取り戻せないまま、綸は辺りを見る。
 毎日見てきた真っ白な壁、ソファー、少し開いた窓、光があまり届かず薄暗いキッチン、リビング。
 綸の目に入ってくるものは見慣れているもので、綸に視線を送るものは無い。ましてや、圧迫感を引き起こすほどに恐怖を感じさせるものなど一切無い。ならば、視線を送っているのは、恐怖を感じさせるもの一体何か――思い当たるものは一つしかなかった。
 綸は、あの絵を見る。
 絵に描かれているあの女の子は、笑っている。無邪気に、笑っている。誰に向けていたのか分からないその笑顔に、綸は手を伸ばし触れる。絵は額に入っているので綸は感じるのは、ガラスの冷たさしかない。触れている指を離し、今度は手全体を触れさせる。ガラスの冷たさが、掌を包む。その冷たさを感じると、綸を襲っていた混乱は冷め恐怖は薄れる。鼓動も落ち着いていき、視線も感じなくなった。それらに解放された安堵から、綸は大きく息を吐いた。
(変なことがなくて良かった……。さっきのは、きっと気のせいだよね)
 心の中で呟き、綸はもう一度息を吐く。そして、絵から手を引こうとした。綸はまた何かを感じた。
 今度は視線だとか圧迫感、恐怖などといった触れられないものではない。触れている。確実に綸の掌を包んでいる――不気味な生温かさが。
「!?」
 突然感じたそれに驚き、綸は反射的に手を引く。今まで触れていたガラスを見る。特に変わったところのない普通のガラスである。
「何今の……。き、きっと気のせいだよね……」
 またしても混乱と恐怖に襲われた綸は、冷静を失ったまま小さな声でそう自分に言い聞かせた。そして、ガラスに触れていた微かに震えている手をもう一方の手で軽く握る。この動作で、綸は気付いた。
 ガラスに触れていた手が、濡れている。
 普通なら手汗でもかいたのだろう、と考えるようなこと。だが、綸はすぐに濡れている原因が手汗ではないことに気付いた。なぜなら、濡れているのはその手だけだから。その他の首や腕、体全体は汗をかいていない。汗がひいている。この蒸し暑い夏の夜には有り得ないことである。
(手汗じゃないなら……何?)
 混乱よりも恐怖の気配が濃くなる。綸は現状に恐れながらも、その濡れている手を開き、見る。
「何、これ……」


コメント

3点 雨月千夜 2011/06/30 14:37
うおお、不気味・・・。
にしても、一人はやっぱ危ないよ、綸ちゃん。

3点 沖田 2011/06/30 23:24
お久です(´∀`)

血ですか!?やっぱ血ですか!?

癸 洲亜 2011/07/01 18:08
いやぁ……高校の方が忙しくて投稿できず申し訳ありません^^;
お二人とも、コメントと点数ありがとうございます!
千夜さん>不気味な雰囲気、出てますかね;!?頑張ってホラーな雰囲気を出そうと頑張っていますが……なかなか^^;

沖田さん>お久し振りです〜^^ 血……さぁどうでしょうね〜wwwそこは次のお楽しみですよ^^

3点 2011/07/06 17:43
あれだろ、父親があやまって味噌汁窓にぶっかけたの触っただけだろ

そうだよなうん。…………怖えwwwwwww

癸 洲亜 2011/07/07 16:28
コメント、点数ありがとうございます!

味噌汁wwww! どうして味噌汁なのよ(笑)
というか、窓じゃなくて額ですからねwwww


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