HEAVENS BREAK  作:雨月千夜

第81話「神と魔」

 暗い病室の一室に、霧坂百合はベッドに腰をかけていた。
 周りに人影はほとんどなく、病院の廊下にも明かりはついていなかった。今頃竜崎達は何をしているのだろうか、と戦場へと向かえなかった自分を心の中だけで責める。
 やがて、霧坂は俯いていた顔を上げ、
「まさか、こんな事態になるなんてね。早速で悪いんだけど……お願い、出来るかしら?」
 霧坂は、一人の少女と話している。
 はい、と聞かれた少女は頷く。
「……ごめんね。本当はこうなる前に何とかしなければいけなかったんだけど……」
「謝らないでください。こうするしかなかったんですし」
 それでも表情を曇らす霧坂に少女は微笑みかけて、
「安心してください。こうなる事は大体予測がついていましたから」
 その少女は着替えをしながら、霧坂と会話を続ける。
「………アイツ、どうでしたか?」
 不安そうに尋ねる少女に、霧坂は僅かに息を吐き、
「予想通りだと、一応は言っておくわ。精神状態はかなり不安定。実力の半分も今は引き出せないでしょうね。その状態で如月と戦おうなんて……馬鹿げてると思う」
 そうですか、と少女は呟き、病室から出て行こうと、ノブに手をかける。
「………最後に、確認させてもらえる?」
 ドアを開ける手を霧坂が止める。
「ちゃんと、戻ってきなさいよ。全員揃って」
 少女はフッと笑みを浮かべてドアノブを回す。
「分かってますよ。皆を、アイツを……守るために私は行くんですから」
 少女はそれだけ言うと、病室のドアを開け、病院から出て行く。

 如月火炎は、目の前に現れた竜崎の表情は眺めながら笑みを浮かべる。
「いいね。怒り、憎悪、復讐心………あらゆる負の感情が詰め込まれた、いわば負の塊だな。そのような表情を待っていたよ」
「ぐだぐだ言ってんじゃねぇ。お前は、ここでぶっ飛ばす」
 竜崎はキッと如月を睨みつけるが、彼は全く動じた様子は無い。
 むしろ、その様子は余裕を見せている。
 竜崎は拳に炎を纏わせ、地面を思い切り踏み、如月へと突っ込む。
「ただし、今の君には一つ足りないものがあるな、それは…………」
 竜崎が如月の顔を目掛け拳を振るうと、如月は黒い炎を纏った右手でその拳を受け止める。
「………ッ!?」
 更に、止めただけでなく、そのまま竜崎の炎を自分の炎と相殺させる。
「それは、殺意だ」
 ドッ!!と鈍い音が響き、如月が手の平に作り出していた黒い炎の塊を、竜崎の腹へとへと叩き込む。
 息が一気に肺から吐き出され、竜崎の身体がノーバウンドで後方にある壁へと激突する。
「……殺意がなき復讐心など恐れるに足らん。今の君には俺は負ける気がしないな」
 竜崎は腹を抑え、再び拳を握り締め、如月へと突っ込む。
 今度は地面に立った状態ではなく、地面を蹴り、空中から拳を振り下ろす。
「同じことだ」
 如月が黒い炎を纏った右手で竜崎の拳を撫でるように横へ払うと、再び炎を相殺させる。更に如月は右手で黒い炎による剣を生み出し、上から下へと振り下ろし、竜崎の身体を斬りつける。
 竜崎はその場に倒れこみ、苦痛に顔を歪める。
「ふふふ、ほら、な。結局君の怒りとやらは、赤村夕那を殺した相手に対する怒りの力とやらはこの程度だ。消してしまって……構わないな」
「……………そうじゃ、ねぇよ……!」
 竜崎は力を込めて立ち上がり、如月を真っ直ぐ見つめ、言葉を紡ぐ。
「……復讐だとか、仇討ちだとか…そんなもんじゃねぇんだよ……ッ!!」
 ただ、と竜崎は告げて、
「お前は人を殺した罪を償わなきゃいけない……!それは、たとえ一生をかけても償わなきゃいけないものなんだ!」
 竜崎はそこまで言い終わると、如月に腹を蹴り飛ばされる。
 竜崎は力なく地面を転がり、まともに身体を動かせなくなった。
「何が罪だ。何が償いだ。それは遠まわしに『俺を倒すことで赤村夕那を殺した罪を償わせる』……ということだな。仇討ちじゃないか」
 如月は足を下ろし、転がっていた竜崎へとゆっくり近づいて行く。
「お前は俺を倒すことも殺すこともない。俺が死ぬのは寿命で心臓が停止したときのみだ。俺は、ここで君を倒して俺達の世界を築く。終わりにしようか」
 如月は再び炎を剣を作り出し、切っ先を天井へと向ける。
 竜崎は自分の死を確信していた。ここで死んでもいいと思っていた。これで赤村夕那のいるところにいけるのなら。それでもいい、と。
「さらばだ、竜崎恭弥」
 如月は刀を振り下ろす。
 だが、それが竜崎の身体へと、傷をつけることはなかった。

 ガァン!!という銃声とともに、如月の刀が竜崎から大きくブレたからだ。

「ッ!!」
 全員が驚愕の色をあらわにし、入り口へと視線を向ける。
 そこに立っていたのは、その場にいる誰もが知っている人物だった。
「ったく、なーにカッコよく終わろうとしてんだか。まさか、私が死んで生きる希望も失くしたとか情けないこと思ってないわよね」
 その人物は銃を太股へ収納し、戦場へと足を踏み入れる。
「ま……別にアンタを助けたわけじゃないんだけどさ………………一応、私のために戦ってくれてたことには感謝しとく……」
 その人物は倒れてる竜崎を顔を真上から覗き込み、口を開く。
「ありがとね、恭弥」
 その少女は、赤い髪に黄緑のリボンをつけている、竜崎のよく知る人物、赤村夕那だった。
「さぁて、覚悟しなさい如月火炎。今の弾丸は青葉を傷つけた分……」
 夕那は再び銃を引き抜き、次なる弾丸を装填する。
「まだ灰月君と恭弥を傷つけた分が残ってるのよ」


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