HEAVENS BREAK 作:雨月千夜
第80話「怒り」
如月火炎は涼しい顔で青葉を見ている。
余裕なのか、或いはただ単に出方を窺っているだけか。相手の内が分からぬ間は迂闊に動くべきではないと青葉は思っている。もし迂闊に動けば、音木の時のように返し刀を受けてしまうかもしれないからだ。
やがて如月が口を動かす。
「解せないな。この距離。この隙。何故攻撃してこない?先手は君に与えようと思っていたのだが」
「生憎、敵でもノーガードの者を斬るのには抵抗があってな。ぶった斬ってほしかったらそれなりの構えを整えることだ」
殊勝だね、と如月はフッと笑みを浮かべる。
それでも如月は構えもせず、余裕を見せたまま、
「甘いな。竜崎恭弥との出会いにより人格が変わったか。構えてもない相手を斬るのは抵抗がある………それがたとえ、貴様の友人の命を奪った男でもか」
青葉はわざと気にしないようにしていることを突かれ、怒りが爆発する。
何を平然とそんなことを言っているのか理解が出来ず、頭ではなく身体が、勝手に如月へと斬りかかっていった。
「………ほぅら。感情で動くからすぐに消されるんだ」
如月の右手には黒い炎の塊があった。
しかし、青葉は頭でそう分かっていても身体が止まらない。そのまま思考も技へと転換する。
(桜華閃、第一手……攻めの手!)
「無意味だ」
ニヤリと如月が不気味な笑みを浮かべると同時、黒い炎が宿った如月の右の手が青葉の刀身を真ん中から砕き、そのまま拳を青葉の腹へと叩き込まれる。衝撃に青葉の手から剣が離れ、彼女の身体はそのままノーバウンドで数メートル離れた壁へと激突し、僅かな息をもらしながら、ずるずると落ちていく。
「何だ、やっぱり暇つぶしにも余興にもなりはしない。結局情で動くとこうなるのだ。それが分かっていれば他の奴は楽しめそうなんだがな」
「そうかよ」
ふと後ろから声が飛んでくる。
その声に気付き、振り返ろうとした時には腹部に刃が突き刺さり、赤い液体が染める範囲がどんどん広がっていっていた。
「………………灰月………、臨……!」
如月は朦朧とする意識の中、自分の後ろにいる漆黒の衣装を身に纏った男の名前を呟く。
「残念だったな。俺がまず頭で動く人間で」
ズッと灰月は如月に刺した薙刀を引き抜く。
(出来ればお前の手で終わらせたかったろうが……悪いな竜崎。俺も意外と、頭の中では怒り狂ってたようだ)
目を閉じてそう思う。
灰月はぐったりしている青葉を見て、これからどうするかを思案する。まず彼女の治療が先だろう。自分も竜崎も治療の知識は無いだろうから、下へ行って緑川か桃井に頼まねばいけない。そのついでに戦っている二人に如月火炎を倒した、と告げて戦いを止めるのことも出来る。
それでこの件は終結に持ち込めるが、赤村夕那は帰ってこない。悲しみは拭えないが、如月を組織か鉤崎に預け、牢に入れておけば安心はできるだろう。
そう思い、まずは青葉を背負おうと彼女に向けて一歩を踏み出したところで、
「まさか、お前がこんな小細工に引っかかるとはな」
聞きなれた言葉の後に灰月の背中から腹に痛みが走る。
黒色の炎の剣が突き出している。背後には自分が倒したはずの男、如月火炎がいる。
「…………………な……て……めぇ………ッ!」
「残念だったな。俺がまず小手調べの段階で戦っていて」
剣を引き抜き、灰月は膝をつき、そのままうつ伏せに倒れる。
それと同時に灰月が刺した如月が炎となって消えていく。
「終わった、と思われていたか。それは悲しいな。俺は君ら程度には百回挑まれても負ける気はしない。何故なら、根本的な意味で君らと俺では格が……」
如月の言葉は途中で切られる。
背中から青葉が折れた刀を拾い、柄を握り、如月の背中へと突きつけている。
だが、折れてる剣では何の意味も成さない。
「しぶとい女だ。死ぬ気かお前は」
荒い息を吐きながら青葉は剣を突きつけたままで、
「………主が、来る前に……お前を倒す……!たとえ、死ぬことになってもなぁ…………ッ!」
呆れたように如月は溜息をこぼす。
今の如月にとって青葉は何の興味もない。ただの『役目を終えた登場人物』に過ぎないのだ。そんな相手にわざわざ能力を使ってやるまでも無い。
「邪魔だ」
冷たい言葉と共に、青葉の顎に如月の蹴りが食い込み、青葉の身体が宙へと投げ出され、そのまま力もなく地面へと叩きつけられる。
「役目は終わっている。脇役が、これ以上無理に出しゃ張ろうとするな」
青葉は口の端から血を流しながら、手探りで刀を掴もうとするが、
ぐきり、と彼女の手が如月に踏みつけられる。
言葉にもならない叫びが青葉の脳にこびりつく。青葉はじたばたと暴れるが、如月は気にも留めず、体重を乗せ、青葉の手の骨を砕く。
「痛いだろう?こんな目に遭いたくなかったら黙ってることだ。戦いを感染してる奴が、いきなり舞台に上がることはないだろう?」
如月が足をどけ、何かを探している。
見つけたのは折った青葉の剣の切っ先だ。
これでいいや、と呟いて如月はそれを拾い、再び青葉へと近づく。長さは肘から手首くらいまである。それを軽く手で掴み、
「まあ死にたいなら望みどおり惨い死を贈ってやろう。焼く……では面白みが無いから、そうだな。今のお前、何回刺したら死ぬんだ?」
如月の退屈を紛らわすためだけに、青葉の命が奪われようとしている。
灰月は動けない。青葉も朦朧とする意識の中、虚ろな瞳を閉じかける。その時、心で呟いたのは、たった一人の小ンの名前だった。
「あばよ、脇役」
しかし、如月の持つ刀の切っ先が青葉の背中へと突きたてられることはなかった。
なぜなら、竜崎が如月の頬を殴りつけ、彼を吹っ飛ばしたからだ。
「………テメェ、夕那の次は、青葉まで殺す気か!!」
竜崎の怒りの叫びが響き渡る。
青葉は竜崎の姿を確認した後に意識を失う。
「……それは違うな」
吹っ飛ばされた如月は、殴られたとは思えないほど涼しい顔で立ち上がり、
「余興だよ。大きなショーが始まる前には必要だろうに」
「クソ野郎が!お前は俺が全力でぶっ飛ばしてやる!!」
二人はにらみ合う。
『神の力』と『魔の力』。
二つの力の雌雄を決する時がきた。
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