HEAVENS BREAK  作:雨月千夜

第76話「心配」

 一人の少女が病院の中を走っている。
 金髪の髪が前へ進むたびに揺れる。その少女は自分の親友からの連絡を受けて、すぐに飛び出してきたのだ。彼女の顔が青ざめているところからかなり焦っているのが分かる。
 少女は自分の親友やその後輩の姿を確認すると、思わず叫ぶ。
「桜!!」
 少女は更にスピードを上げて、彼女達に駆け寄る。
「百合」
 桃井は声に振り返り、親友の姿を確認する。霧坂は桃井の前で膝に手をつき、俯いた状態で肩で息をする。
 霧坂は顔を上げて、桃井の顔を見上げる。
「赤村さんは?赤村さんはどうなったの!?」
「ちょ、落ち着いて。今は病室よ。中には菊池と竜崎がいるわ」
 自分の肩を掴み、すがるように自分に問い質す霧坂を落ち着かせるべく、桃井は霧坂の肩に手を置いて、そう言う。
 桃井は病室に視線を移す。さっき手術が終わり、帰って来たところなのだ。医者の話によると何とも言えない状況で、引き続き危ない状態であるには変わりない、とのことだった。あの時、自分もあの場にいたら何か変わっていたのだろうか。桃井はそう思って、奥歯を噛み締める。
 病室は個室だった。
 中にいるのは三人。ベッドの横に椅子を置き、その椅子に座っている竜崎、その彼の後ろに立っている菊池、そしてベッドで固く目を閉じている夕那の三人だ。竜崎は俯いて、悔しそうな顔をしている。そんな彼を見て、菊池はあえて何も言わないのだろう。
 やがて、竜崎は俯いたまま、菊池に話しかける。
「………なあ、あの時、俺が夕那の側にいたら…………何か変わってたかな」
 菊池は僅かに面食らった顔をして、
「何よ急に」
「気になったんだよ。あれは俺の注意が足りなかった。俺のせいだ……!」
 菊池は竜崎を見つめている。こんな弱音を吐く相手を見たことがないのだろう。
 相手を心配そうに数秒見つめた後、菊池は口を開く。
「アンタのせいじゃないわよ。それを言うなら私だってあの場にいたし……私の責任でもある。それに、夕那ちゃんがアンタのせいにすると思ってるの?夕那ちゃんはそんな子じゃないわ。きっと誰のせいにもしない。これは如月火炎のせいよ」
 菊池は最後だけ怒りの籠った声で言う。まるで親を殺した張本人が目の前にいるように。
 それでも竜崎の表情は晴れない。菊池は困ったように溜息をつく。
 すると、夕那の指がピクッと動き、僅かに目を開く。
「………、夕那」
 それに最初に気付いたのは竜崎だ。夕那はゆっくりと声のする方へ視線を向ける。
 僅かな沈黙の後、彼女は笑みを零して、
「……………恭弥………ヒナちゃん………」
 力の無い声だった。でも死なないでよかった、と竜崎と菊池は思う。
「……夕那、悪い…。あん時、俺がちゃんと………」
「……………………何で………恭弥が、謝るの……?」
 夕那の言葉に竜崎は驚いたように顔を上げる。
「……私が勝手に動いて…勝手に怪我しただけ………。だから…恭弥が負い目を感じることはないよ……」
 夕那は竜崎ヘ手を伸ばす。何かを求めるように。竜崎は夕那の手を握る。それで夕那の顔が僅かに安心したように笑みが零れる。
「夕那…大丈夫なのか……?」
「………大丈夫って…言えると思う?麻酔で………痛み感じないし…。でも、心配ないよ……」
「そうか」
 そりゃそうだよな、と竜崎は思う。痛みがあったら話すのも辛いはずだ。何せ、夕那は腹を貫かれたのだから。それも大きい炎の矢に。それでもなんとか命を繋ぎとめられたのは奇跡と言ってもいいと思う。
 夕那は僅かに竜崎の手を握り返す。力が無い。本当に握り返したのかもわからないくらいだった。
「………ちゃんと学校行きなよ………。私のお見舞いって言って……休むのとか、絶対ダメなんだからね…」
「大丈夫だよ。私が力尽くで連れて行くから!」
 菊池の言葉に夕那は微笑み返した。あまり喋れないのかもしれない。
「…………皆は…?」
「病室の前だ。時間が時間だからな。もう帰ってるかも………」
 竜崎は時計に目をやる。時間は10時40分を指していた。灰月あたりは帰ってるかもしれない。だが、そんな竜崎の思考は一気に吹き飛ぶ。
 病室の外から声が聞こえる。
「ええい、私も心配だ!入るぞ」
「馬鹿か。お前が騒いだら余計悪化するっつの。赤村が吐き気催したらどーすんだ、馬鹿女」
「まあまあ。お二方とも落ち着いてくださいな。ここは一人ずつ入るというのはどうでしょうか?サプラーイズ!的なノリで」
「ヤーダー!ゆなっちも皆で入った方が元気になるって!きょーくんもひなっちも絶対そー言うよ!」
「いっそのこと入らなくていんじゃない?私もう眠いしさぁー…」
「氷雨!アンタは仲間を想う気持ちが無いの!?」
「とりあえず入りましょ眠ってたら顔だけみて帰るわよ」
 そんなやり取りの後に病室のドアが開く。
 入ってきたのは病室の前にいた全員だ。青葉、灰月、緑川、黄山、村雨、霧坂、桃井。誰一人帰っている者などいなかった。さすがの灰月も今回ばかりは心配だったのだろうか。
「……………皆…何で……」
 夕那の言葉に灰月が溜息をつく。
「アホか。死なれちゃ困るんだよ。お前がいなくなったら誰が竜崎(バカ)の動きを止めるんだよ。馬鹿は馬鹿が止めるしかねーからな」
「主を守るのは私の役目だが………争う相手がいなくなってはつまらないからな」
「とか言ってるけど、こいつらかなり心配してたのよ。手術中も青葉はずっと祈ってたし、灰月は『組織』」に連絡して腕の良い医療機関を探してもらってたし」
 村雨のその言葉に確信を突かれた二人はもの凄い勢いで村雨へ首を向け睨む。
「皆心配してるということですよ。あの村雨さんだって残っていますしね」
 妙に『あの』の部分を強調する緑川に村雨は不愉快そうに顔を向けて、
「緑川風子。それはどういう意味かしら?私に負けたこと根に持ってる?」
 夕那に話しかける緑川の言葉に不機嫌そうな反応を村雨は示す。
「ゆなっち。早く元気になってね!」
 黄山の無邪気な言葉に夕那は笑みを零す。
「さてと、お子様は寝る時間よ。私は雷花を寝かさないといけないから帰るわね。貴方達もあんまり長くいるんじゃないわよ」
 桃井は黄山は抱きかかえて病室から出て行く。黄山は腕や足をバタバタさせていたが、結局文字通り無駄な足掻きだった。
「お前らはどうするんだ」
 灰月は竜崎と菊池に問う。
 竜崎は菊池と顔を見合わせ、
「俺らは残るよ」
「そうか」
 灰月そう返すと病室を出ていく。青葉は残る気マンマンだったが、緑川に引きずられて半ば強引に退室させられた。村雨はふわぁ、と欠伸をしながら病室を出て行く。
「何かあったら電話してね」
「ああ」
 霧坂はそれだけ伝えると病室を出て行く。菊池も竜崎の隣に椅子を置きそこに座る。夕那は目を閉じて眠りにつく。竜崎と菊池はその様子を確認した後、ベッドに上半身を預けるようにして眠る。


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